FM放送の始まり
-モノラルからステレオへ-
1957-69
各国のFMの歴史
日本のFM放送の始まり
FM受信機の開発
試作FM受信機
初期の量産型FM受信機
FMステレオ放送のはじまり -試験放送から本放送へ
初期のFMステレオ受信機
FMラジオの普及 (NEW)
参考文献
本稿では、ステレオに関してはFMステレオ放送の歴史に絞ってまとめている。ステレオ電蓄についてはこちらを参照のこと
FM(周波数変調)放送の理論は1920年代に発表されていたが、現代に通じる超短波帯を使った広帯域、低雑音放送の始まりは、1935年、アメリカのアームストロングの発表からと言ってよい。
アメリカでは1940年に42-50Mc帯がFCCから割り当てられ、1941年にXWSM-FM局が本放送を開始した。
第2次大戦下でありながらが1942年には30局が放送を開始していた。
戦後、バンドが現代と同じ88-108Mcになり、1950年代から60年代にかけて全国に普及した。
ヨーロッパではイタリアが最も早く1948年に放送を開始し、翌1949年、ドイツが放送開始した。
特にドイツでは進駐軍により中波帯が大幅に使用制限されたため、多くの放送がFMに移行した。
その後1955年までにはヨーロッパ主要国とソ連で放送を開始した。
日本ではFMによる放送はテレビ放送の音声が先行し、1953年に放送開始した。
また、Hi-Fiの流行から放送の質にも関心が払われるようになり、AM放送への雑音、海外放送との混信、放送局の増加に伴うバンドの混雑が問題となり、雑音妨害に強く、広帯域のFM放送が注目されることになった。
FMのバンドについては、当初60-68Mc、87-90Mcが割り当てられた。
世界的にはFM音声放送は88-108Mc(当初は90-100Mc)を使用しているが、テレビのチャンネルプランが、駐留米軍の使用帯域や、放送会社間の様々の問題から1から3チャンネルがこの帯域に割り当てられたため、日本独自の帯域となってしまった。
また、当初のバンドは3Mcと狭すぎ、後に80-90Mcに拡大された。なお、60-68Mcは、防災無線などで使用されている。
FMの実験放送は1957年12月24日、NHKの手で始まったのが最初である。
アンテナはNHK千代田送信所のテレビ用鉄塔を利用したもので、周波数87.3Mc、空中線電力1kWであった。
1957年には多くの民間の放送事業者、新聞社、宗教法人などからFM放送免許申請が行われていた。
翌1958年4月には学校法人東海大学に対して実験局の予備免許が交付され、JS2AOのコールサインで同年12月26日に開局した。
最初の民間放送のFM局、FM東海(現東京FM)の始まりである。
周波数は86.5Mcで、渋谷区富ヶ谷の東海大学校舎屋上のアンテナから送信された。
この年にNHKは大阪でも実験放送を開始した。
1960年3月にはFM東海に実用化試験局の予備免許が交付されたが、NHK、FM東海ともに近接しているNHKテレビ(1チャンネル)音声への妨害が問題となり、FM東海の実用化試験局(JS2H)開局に当たって周波数が84.5Mcに変更された。
FM東海は、高音質放送だけでなく、通信教育に力を入れていた。(2)
1963年には、実験局が実用化試験局に格上げされ、ステレオ放送が実験局として許可された。
翌1964年にはNHK-FM局は26局となり、全国の70%をカバーするまでになった。
この頃から、FM付のラジオが多くなり、大手メーカーから多数発売されるようになった。
FM放送の普及の目的には、外国放送との混信が問題となっていた注は放送局の整理も含まれていた。
中波放送を大電力局に絞り、各地域にFM局を新設するプランが作られたが、計画通りには行かなかった。
この他、放送業界内の様々な問題やテレビ放送との関連など電波政策上の問題から本放送の開始はNHKが1969年、民放が1970年と大幅に遅れた。(6)
日本でFM放送が始まったのは、早く優秀なFMラジオを作って、すでにFMが普及していた欧米への輸出、今後放送開始が予想されるアジア地域へ進出したいという思惑もあった。
1956年頃からNHK技研および各メーカでFM受信機の研究が始まった。
電波技術協会では1957年1月にVHF・FM放送受信機調査委員会を発足させ、NHK技研の提案をもとに仕様書を作成し、FM受信機を試作することになった。
試作機として、FMの性能を生かしたHi-Fi型の標準型受信機と、中波受信機相当の性能の簡易型受信機およびFMチューナが作られた。(5)
これらの試作機はNHK,電波技術協会などから技術資料や製作記事の形で公開された。
試作FM受信機 (写真、回路図は文献1より)
8球FM-AM受信機
八欧電機が試作した2ウェイスピーカを備える高級形のAM-FM受信機。アメリカ系の真空管を使用している。
検波回路はゲルマニュームダイオード1N35を使ったレシオ検波である。
同社のAM専用ハイファイラジオ6L900型がベースになっている。
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上の試作機のオリジナルであるゼネラル6L900型。外観はマークがないこととダイヤルの表示および色が異なる。
スピーカは同じだが、シャーシが大型化されていることがわかる。 (所蔵番号11870)
6球FM-AM受信機
松下電器産業がヨーロッパ系の真空管を使って試作したAM-FMセット。
1955-56年に販売された中波受信機BL-280型のキャビネットを流用している。
オリジナルとはシャーシが異なり、スピーカもサイズは同じだが、Hi-Fi用の高級なものが使われている。
ヨーロッパ系の複合管を使うことで球数を上の8球受信機より減らすことができている。
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オリジナルのBL-280型、試作機がスケールをFMに置き換え、メーカのマークを省略したものであることがわかる。
他に外観ではマジックアイの枠の形状が異なっている他、オリジナルが中波専用でセレクタを持たないことから同調つまみを二重にして対応している。 (所蔵No.11198)
6球AFC付FMチューナ

電蓄やHi-Fiアンプと組み合わせて高音質の放送を受信するためのチューナ。試作したメーカは不明。
安定度よりハムの低減を目的とした回路を採用し、安定度はAFCで確保している。
1957年のトリオFM-100型チューナの発売以降、1958年には各社からチューナ、ラジオが発売された。
しかし、東京、大阪のごく限られたエリアでの実験放送だったために普及することはなく、オーディオ愛好家や富裕層向けの高級機が多かった。
1961年のFM東海による聴取者調査によると、FM付ラジオのユーザは18%しかなく、大半がFMチューナかFM付Hi-Fiアンプを使用していた。
同時に調査されたメーカ別のシェアでは、トリオが28.7%とトップであり、大手メーカは全部あわせても20%程度であった。
テレビ放送のエリア拡大とともにFM試験放送が各地で始まり、1960年代に入るとステレオセットにFM付のものが増えてきた。
1963年頃から、小型のトランスレススーパーやトランジスタラジオにもFM付のセットが増えてくる。
チューナ
REALISTIC T3B(40LX90) FMチューナ 1962年 Radio Shack Corp./春日無線工業(株)
トリオ FM-110型"ジュニア" FMチューナ 1958年 春日無線工業(株)
マツダ 6FT-625型 FMチューナ 1958-60年 東京芝浦電気(株) \9,000 (NEW)
パイオニア FT-20型 FMチューナ 1963年頃 福音電機(株)
ラジオ、コンバータ
ナショナル AF-640型 FM付オールバンド7球スーパー 1958-60年 松下電器産業(株) \24,800
トリオ AF-250 ”シンフォネット”3バンドトランスレススーパー 1961年 春日無線工業(株) \7,950
トリオ AF-252 3バンドトランスレススーパー 1963年 春日無線工業(株) \9,950
三菱6P-616型 FM付6球3バンドスーパー 1963年頃 三菱電機(株)
SONY
TFM-116J 13石FM付3バンドスーパー 1963年頃 ソニー(株)
チューナ
REALISTIC T3B(90LX040) FMチューナ Radio Shack Corp./春日無線工業(株) 1962年
日本初のFMチューナは試験放送開始前の1957年4月に発売された、春日無線工業(株)のトリオFM-100である。
同社は創業者で技術責任者であった春日二郎が中心となって早くからアメリカの大手ラジオ販売店、ラジオシャック向けのFMチューナを開発していた。
FM-100はラジオシャック向けのセットのバンドを国内向(80-90Mc)けに変更したもの。
初代FMチューナはベストセラーであったらしく、シャーシ共通で長く生産された。
初期のFM-100と異なり、マルチプレックス端子が追加されている。
ピックアップ端子があり、簡単なプリアンプとしても使える。
このT3Bは88-108Mcの対米輸出用セットである。ラジオシャックの表示のみで、トリオの名前はどこにも無い。
12AU7 - 6BS8 - 6AU6 - 6AU6 - 6AU6 - 6AL5 - 6AU6の配列で、検波、整流はダイオードである。
本機は、新品デッドストック品である。
(所蔵No.47005)
トリオ FM-110型"ジュニア" FMチューナ 1958年 春日無線工業(株)
トリオのFMチューナ1号機、FM-100の姉妹機として発売された廉価版のチューナ。
6AQ8 - 6AQ8 - 6BA6 - 6BA6 - 6AL5 - 6X4の構成で、全真空管式である。
初期の80-90Mcバンドであるが、すでにMPX端子が設けられている。
完成品のB型とキットのC型があった。
(所蔵No.47002)
マツダ 6FT-625型 FMチューナ 1958-60年 東京芝浦電気(株) \9,000
東芝初のFMチューナ、初期の80-90Mcバンドである。ラジオのピックアップ端子に接続することを想定している。
同社のHi-Fi電蓄、ファンタジアC型には、このチューナを収納できるようになっていた。
1960年には\8,300に値下げされた。
(所蔵No.47012)
パイオニア FT-20型 FMチューナ 1963年頃 福音電機(株)
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家庭用ラジオのピックアップ端子につないで使う簡易型のFMチューナ。周波数は76-90Mc。
12DT8-12BA6-12BA6の3球、検波に1N60を使用。プリント基板や複合部品などの新しい技術が使われている。
出力端子はRCAピンジャックで、MPX出力を備える。
キャビネットの表示から、対米輸出用を国内向けにしたものと思われる。
このような、簡易型のラジオ用チューナが一時期作られたが、あまり普及しなかった。
(所蔵No.47006)
ラジオ、コンバータ
ナショナル AF-640型 FM付オールバンド7球スーパー (松下電器産業 1958-60) \24,800
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TUBES: 6AQ8/ECC85-6AJ8/ECH81-6DC8/EBF89-6BX6-6AL5-6BM8-6X4-6ZE1
SPEAKERS: 2 Way Permanent Dynamic (National HT-32SB,P-8434(8"))
FMの実験放送開始直後に発売されたセット。FMのバンドは初期の80-90Mcである。
この機種は1960年まで長期間にわたって販売された。
1960年時点でのナショナル製ハイファイラジオの最高級機種。価格は\24,800であった。
プラスチックキャビの5球スーパーが\5-8,000程度だったのに対して非常に高価である。
松下が提携したフィリップスから技術導入した欧州系の真空管でまとめられている。
掲載誌:無線と実験1958.9
(所蔵No.11232)
トリオ AF-250 ”シンフォネット”3バンドトランスレススーパー 1961年 春日無線工業(株) \7,950
放送開始当初、FM受信機は高音質という特性から、Hi-Fi装置向けのチューナや、大型ラジオが大半で、高価であった。
FM東海では通信高校講座を放送していたが、このような教育放送の受信には高性能な受信機は必要なく、受講者の経済力からいっても、より安価な受信機が求められていた。
本機は初期の普及型FM受信機で、17EW8-12BE6-12BA6-12BA6-12AV6-30A5の配列で、検波と整流にはダイオードが使われている。
FMのバンドは初期の80-90Mc、このほかにBC:535-1605kc、SW:3.8-12Mcが受信できる。
裏蓋にAM用バーアンテナと外部スピーカ/イヤホンジャックが取り付けられているため、シャーシは裏蓋を付けたまま引き出すようになっている。
\7,950という価格は少し中級の2バンドスーパー並で、非常に安価である。
他の大手メーカではこの頃、これほど低価格のFMラジオはない。FMの先駆者、トリオらしいセットである。
逆に、オーディオ機器や無線機中心の同社にあって家庭用ラジオに進出した最初のものである。
掲載誌:ラジオ技術1961年4月
(所蔵No.11074)
トリオ AF-252 3バンドトランスレススーパー 1963年 春日無線工業(株) \9,950
AF-250の次の世代の普及型FM付3バンドスーパー。FMのバンドは現代と同じ76-90Mcになっている。
17EW8-12BE6-12BA6-12BA6-12BA6-12AV6-30A5の配列で、検波と整流にはダイオードが使われている。
AMの中間周波が独立したため12BA6が1本増えている。
裏蓋が取り外せないAF-250型の構造は保守に不便だったらしく、このモデルでは改良されている。
大き目のスピーカを納めるため、背の高い変わったデザインのキャビネットになっている。
パネルが共通で背の低いモデルもあった。
このモデルが発売された1963年頃から各地でFM放送が始まり、大手メーカからFM付の安価なラジオが発売されるようになる。
トリオは本来のオーディオ、無線機器に専念するようになり、家庭用ラジオからは撤退する。
掲載誌:ラジオ技術1963年5月
(所蔵No.11074)
三菱6P-616型 FM付6球3バンドスーパー 1963年頃 三菱電機(株)
FM付の3バンドスーパー。17EW8 - 12BA6 - 12BE6 - 12BA6 - 19T8 - 30A5の構成で、FM検波と整流にはダイオードが使われている。
この頃になると、\10,000円前後の価格で小型のプラスチックセットにもFM付のものが増えてくる。
(所蔵No.11347)
SONY TFM-116J 13石3バンドスーパー ソニー(株) 1963年頃

13 Tr, Batteries: DC6V (JIS UM-1, size "D" standard flash light cell or equiv. X4)
ソニーの大型ポータブルラジオ。FMと短波を備える3バンドラジオである。
チューニングメータ、FMマルチプレックス入力、テープ出力、外部入力、外部アンテナ、イヤホンなど、多くの機能を備える。
当時、トランジスタラジオは日本の代表的輸出商品であった。しかし、その多くを占めていた粗悪な安物の大量輸出が批判を浴び、また、香港製品の台頭によって競争力を失いつつあった。このため、日本製トランジスタラジオはFM付の高級品への移行を迫られていた。
いち早くトランジスタラジオをアメリカ市場に投入し、評価を得ていたソニーはこのような高級トランジスタラジオを発売していた。
この頃、ソニー製品は国際商品として成功していた。同一のモデルで仕向け地別に型番末尾の記号で識別されている。
"J"は、FMが76-90Mcのバンドを持つ、日本向けのモデルである。
(所蔵No.12089)
FM放送では、1波でステレオ放送や多重放送が可能なため、アメリカを中心に様々な方式が提案されていた。
アメリカではメインの放送と別のプログラムを特定の聴取者に送る業務をSCA(Subsidiary
Communication
Authorization)と呼んだ。
日本初の民放として実験放送を開始したFM東海(現東京FM)は、当初から多重放送の実用化を目指していた。
FM東海では、FM-FM方式(クロスビー方式)を研究していた。
これは、メインチャンネルをL+R、サブチャンネルをL-Rとし、50kHzの副搬送波をFM変調する方式で、アメリカで1958年頃から実験が行われていた。
日本ではFM東海の実験放送に合わせて1960年に春日無線からこの方式のマルチプレックスアダプタが市販された。
しかし1961年にアメリカFCC(連邦通信委員会)により、GEとZenithが提案したパイロット・トーン方式のステレオ放送が標準方式として決定された。
これによりFM東海のクロスビー方式による実験放送は終了した。
続いて1962年にはイギリスBBCもGE-Zenith方式による実験放送を開始した。
日本では1963年にGE-Zenith方式を採用することが決定されたが、SCAを含まないことと、エンファシスの定数がアメリカと異なっていた。
1963年12月24日からNHK-FM東京実験局からステレオ放送を開始した。
NHK-FMは1969年3月1日に全国で本放送を開始した。免許に当たって「ステレオ放送を50%以上すること」という条件が課せられた。(6)
FM東海が目指していたFM多重放送は実現しなかったが、同社もFMステレオの実験放送を開始した。
1970年にはFM東海は(株)FM東京として正式にFMステレオの本放送を開始した。
同社は1979年に再びSCA放送の実験を行うがこれは本放送には移行しなかった。
その後もFM東京はFMによる教育放送を継続したが、1998年に衛星放送(CS-PCM)による通信教育放送に移行することで、FM東京による教育放送は終了した。
トリオ ステレオ AM-FM チューナ AF-220
型 春日無線工業(株) 1959年 \18,200
トリオステレオトライアンプ AF-30型 春日無線工業(株) 1959-60年 \29,900
FM ステレオアダプタ ナショナル RD-511型 松下電器産業(株) 1963年頃
スターマルチプレックスユニット MU-34型 (株)富士製作所 1962年頃
SONY "SOLID STATE 11"
TFM-110F 12石FM付3バンドスーパー ソニー(株) 1967-68年 (NEW)
SONY STA-110 FMステレオアダプター 9石 ソニー(株) 1965-66年 (NEW)
TOP
トリオ ステレオ AM-FM チューナ AF-220 型 春日無線工業(株) 1959年 \18,200
TUBES: 2-12AT7 4-6BA6 6AU6 6BE6 6AL5 6X4
ごく初期のステレオチューナ。本体にはAMチューナとFMチューナを1つずつ搭載している。
発売当時、日本ではAM2波のステレオ放送が実施され、FMステレオの実験放送も始まろうとしていた。
アメリカではAMとFMの2波を使ったステレオ放送が実施されていたので、本機はモノラル放送とAM-FM放送に対応するように作られた。
外部に別のAMチューナを接続してAM-AMに、別のFMチューナを接続してFM-FM、MPX端子にアダプタを接続してFM-MPX方式に対応するようになっていた。
ステレオ放送の方式が決まっていなかった頃の製品ならではの機能である。FMのバンドは80-90Mcである。
デザインが共通のAM-AMステレオチューナAM-230型(\14,900)が、少し遅れて1960年に発売された。
掲載誌:無線と実験1959.8
(所蔵No.47011)
トリオステレオトライアンプ AF-30型 春日無線工業(株) 1959-60年 \29,900
TUBES: 2-12AT7 2-6BA6 6AL5 6BE6 6BD6 2-12AX7 4-6BM8(ECL82) 5AR4(GZ34) 1H3
トリオの高級ステレオレシーバ。方式が確定しない時代らしく、あらゆる方式に対応している。
AMモノ
FMモノ
AM+AM(AUX):外付けAMチューナによる2波ステレオ、
FM-AM(アメリカで行われていたFM,AM兼営局による2波ステレオ)
FMマルチプレックスステレオ(アダプタ外付け)
という5つの方式に対応している。
この中でセレクタの中央にあるのがAM-AUX(中波2波ステレオ)で、放送中の方式をメインとしているが、AMチューナを2台載せていないのは、FMに力を入れていた同社らしい選択といえる。
FMの周波数は初期の80-90Mc、アンプ部は6BM8p-pである。マジックアイにポータブル受信機で使われた1H3を使っているのが珍しい。
派手なゴールドのパネルはアメリカ市場を意識したものと思われる。
掲載誌:無線と実験 1959.9
(所蔵No.46018)
FM ステレオアダプタ ナショナル RD-511型 1963年頃 松下電器産業(株)
1960年代のFMステレオ実験放送時代は、実施地域が少なかったため、多くのFM付ステレオセットはマルチプレックスがオプションとなっていた。
これは松下電器の外付け型ステレオアダプタである。ステレオピックアップを接続する端子も付いている。
パネルのランプはステレオ・インディケータである。
(所蔵No.47013)
スターマルチプレックスユニット MU-34型 1962年頃 (株)富士製作所
チューナのMPX端子に接続してステレオ復調するためのユニット、6EA8を1本使用。
これはパイオニアのレシーバに取り付けられていたもの。
FMステレオ放送が全国に本格的に普及する1970年頃まで安価なFMステレオにはMPXユニットがオプションという機器は多かった。
(所蔵No.11040)
SONY "SOLID STATE 11"
TFM-110F 12石FM付3バンドスーパー ソニー(株) 1967-68年 \13,800
SONY STA-110 FMステレオアダプター 9石 ソニー(株) 1965-66年 \10,000

DC4.5V (UM-2, Size C X3)
1960年代後半のソニーを代表する3バンドラジオ。1965年に初代のTFM-110が、トランジスタ11石からソリッドステート11の愛称で発売された。
翌年TFM-110Dにマイナーチェンジされ、トランジスタが12石となったが、ソリッドステート11の愛称は変わらなかった。
ここに紹介しているTFM-110F(右)は1967年にマイナーチェンジされた3代目のモデルで、チューニングメータが追加されたのが、外観面の大きな変化である。
音質を重視した高級ラジオであったソリッドステート11には、ラジオと左右対称となるようにデザインされたFMマルチプレックスステレオアダプター、STA-110型(左)が用意されていた。
ラジオ側に専用のコネクタがあり、接続するとステレオ復調され、左チャンネルとして働くようになる。
最も簡単なFMステレオ受信機となるが、当然のことながらボリュームが左右独立してしまうので、音量のバランスをとるのが面倒である。
STA-110は、ラジオ本体がTFM-110からTFM-110Fに変更されるのに合わせて、モノとステレオの切替が自動化されたSTA-110Fにモデルチェンジされた。
他社でも、音質を重視したFM付中型ラジオには、デザインをあわせたステレオアダプターが用意されていた。
これらのアダプターは、FMステレオ放送が限られた大都市で試験的に実施されていた時代の製品である。
(所蔵No.12101/12102)
FMラジオの普及(7)
日本製ラジオ、特にトランジスタラジオについては、安物のダンピング輸出を規制するために、通産省が高級機種への転換を促す施策を行った。
FM付のラジオは高級機種として輸出許可の際に優遇されたため、1962年頃からFMラジオの生産が増えてきた。NHKが全国放送を開始した1969年には国内向けの販売量も増加し、この年にはFMラジオの生産台数がAMラジオの生産量を超えている。
(1)FM放送受信機の作り方 日本放送出版協会 1958年
(2)これからの放送FM 松前重義、谷村 功監修 東海大学出版会 1962年
(3)ラジオ技術 1957年4月号 ラジオ技術社
(4)オーディオ50年史 日本オーディオ協会 1986年
(5)電波技術協会50年のあゆみ 電波技術協会 2002年
(6)NHK年鑑1968年版 日本放送協会編 日本放送出版協会 1969年
(7)中島祐喜 トランジスタラジオ輸出の展開 大阪大学大学院経済学研究科Discussion Paper 08-28