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エリミネーター受信機

 -ラジオの交流化 (1927-30)


目次

ラジオの交流化
交流用真空管の発達
交流受信機の普及
金属キャビネットの流行

エリミネーター受信機展示室 (更新)

参考文献


ラジオの交流化

 現代ではラジオを電池で鳴らすのは当たり前だが、真空管の初期の時代は大きな電池でラジオを働かせるのは大変だった。
このため1925年頃からラジオ用の交流電源が発売され、不便で高価な電池でしか聴けなかった真空管式ラジオを家庭の電灯線で動かすことができるようになった。このラジオ用交流電源装置は、電池を取り除くものということから「エリミネーター(eliminator)」と呼ばれ、当初は鉄の箱に入った電源装置をバッテリーの替わりにつないで使用した。エリミネータ単体で商品として販売されたが、電池式セットにオプションとして内蔵しACバージョンとして発売されるものもあった。

 日本では別体のエリミネータは普及せず、当初からラジオに内蔵されるタイプが主流であった。日本では交流式受信機のことを「エリミネーター受信機」と呼ぶようになった。交流化した初期のエリミネーター受信機は電池式受信機と変わらないキャビネットに収まり、ラッパ型スピーカーを鳴らすものだったが、スピーカーがケースに入ったマグネチックスピーカーに代わり、キャビネットのデザインもシンプルなものになっていった。

交流式受信機は放送協会の区分けではどんな形のものもすべて「エリミネーター受信機」だが、ここでは初期のスピーカー別置き型交流受信機を「エリミネーター受信機」と呼ぶことにする。

注意:
 アメリカでは1927年に後述の交流用真空管226,227が発売され、同時にエリミネータ受信機の歴史も始まっている。日本ではこれに対して1-2年の遅れがある。下記の年代は日本での交流用受信機の歴史を示すもので、アメリカの歴史とはずれがあることを認識されたい。

交流用真空管の発達

 当初は電池式ラジオで標準的に使われた3極管UX-201Aが使われた。交流のハム音を防ぐことができなかったために検波段には鉱石検波器が使用された。そして、音量を上げるとともに真空管を節約するために鉱石検波とレフレックス回路を組み合わせた受信機がよく作られた。交流受信機用のトランスや組込み用電源ユニットも多数発売され、これらの部品を使って電池式受信機を改造したものも良く見られる。

 1928年から29年にかけてハムを防ぐためにフィラメント電圧を下げたUX-226、検波増幅用の傍熱管UY-227、小型電力増幅用のUX-112A、整流管KX-112Bなど交流用の新型真空管が発売され、翌1930年には4極管UY-224が発売され、ラジオの性能が改善された。

交流受信機の普及

 日本での交流受信機の研究はアメリカで量産が始まった1927年頃から始まった。交流化と合わせて輸入品中心だった部品やセットの国産化が進み、真空管式ラジオの値段が大幅に下落した。このことによりラジオは爆発的に普及し、1928年に聴取者数は50万を突破、1931年には100万を突破している。金融恐慌による不景気な時代であったが、1929年に純増が前年割れしたものの聴取者数は増加を続けている。1930年には全加入者の53%が交流式受信機となり、翌31年には66%、32年には83%と激増した。

 1931年に松下電器がラジオ生産に進出した。中小企業が多数参入して安価なセットを供給するようになると、それ以前に高級なセットを少数生産していたNEC,東京電気などの通信機、電気の大手メーカは価格競争に敗れて撤退していった。このため日本のラジオ業界は、欧米と異なり、RCAやPhilipsのようなリーダーとなるべき巨大企業が誕生せず、中小企業中心の独自の発展を遂げることになる。

 また、交流受信機の普及には、電力会社との関係が重要になる。接続の許認可権限を握る電力会社がメーカと提携して受信機を売り込むことでラジオ販売業者との軋轢を生じたり、ラジオの電力料金に対する問題(注)が発生したが、これらの問題解決のため、電気普及会が中心となって1932年4月に交流受信機普及委員会が組織され、技術面、普及啓発活動などを統一して行っていく体制がとられた。

(注)当時は現在の主流である従量制の料金体系も存在したが、大半の家庭が電灯1灯あたりいくらという定額制であった。
電灯以外の電気器具を使用する場合は、個別に機器の試験を必要とし、試験票の貼付や電源コードの封印が実施されていた。
ラジオについては、電力量や、球数などに従って電力会社によりさまざまな料金が課されていた。
戦前までのラジオの銘板に「電源変圧器規格」が明記されているものが多いのは、この電力料金を決めるためのものである。
また、昼間は電灯を必要としないことから夜間のみ送電されている地域も多く、交流式ラジオ普及の障害となっていた。

金属キャビネットの流行

 1927年、アメリカ Atwater-Kent社は金属キャビネットに収められた交流式ラジオModel37を発売した。重いトランスを収納し、交流電源の感電の危険を防ぎながら小型のセットにまとめるには、密閉された金属のキャビネットは最適であった。また、プレスで生産できる金属キャビネットは大量生産が可能であった。コンパクトで低価格な同社の交流式受信機は、アメリカで大流行した。
 金属キャビネットのラジオを作るには、プレスなどの工作機械と金型が必要である。設備投資はかかるが、量産時には大幅なコストダウンが可能になる。日本でも1930年頃から、ラジオの大量生産を目指すメーカ各社から金属製キャビネットのラジオが発売された。主なものに早川金属工業(シャープ)の富士号、シンガー、コンドル、フタバなどがある。

 しかし、零細企業の人件費の安さは、大量生産によるコストダウンの効果を凌駕していた。生産のためのイニシャルが高い金属キャビネットは零細企業の木製キャビネットとの競争に勝てず、一時的な流行に終わった。また、戦時中の金属回収により多くが失われたともいう。

参考

<物価の目安> 1930年(昭和5年)頃
小学校教員の初任給45円、鉛筆1本1銭、タバコ(ゴールデンバット)1箱7銭、もりそば1杯10銭
対ドルレート 1ドル=2円

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エリミネーター受信機展示室


 外国製受信機 

Atwater Kent Model 36    高周波3段7球受信機 Atwater Kent Manufacturing Co. (U.S.A. 1927) 
Atwater Kent Model 37    高周波3段7球受信機 Atwater Kent Manufacturing Co. (U.S.A. 1927-28) $88 (no tube) 
Atwater Kent Model 40    高周波3段7球受信機 Atwater Kent Manufacturing Co. (U.S.A. 1928-29) $77 (no tube) 
Atwater Kent Model E Loud Speaker          Atwater Kent Manufacturing Co. (U.S.A. 1928) $20 

RCA Radiola 17 Model AR-927   高周波3段7球受信機 Radio Corpolation of America (U.S.A. 1927-28) $157.50
RCA Radiola 18 Model AR-936    高周波3段7球受信機 Radio Corpolation of America (U.S.A. 1928-29) $115
RCA Loudspeaker Model 100-A (UZ-1076) スピーカ Radio Corpolation of America (U.S.A. 1927-28) $35-29(after Oct. 3, 1928)
RCA Radiola 33 Model AR-784 高周波3段7球受信機 Radio Corpolation of America (U.S.A. 1929-30) $86.50
RCA Radiola 60 Model AR-954 8球スーパー    Radio Corpolation of America (U.S.A. 1929-30) $210.00 
RCA Loudspeaker Model 100-B (UZ-783) スピーカ  Radio Corpolation of America (U.S.A. 1929-30) $22 

Silver-Marshall 720 Screen-Grid Six 高周波2段6球受信機 Silver-Marshall. Inc. (U.S.A. 1928-29) $69.75 (kit) (NEW)

Apex Model 37 高周波3段7球受信機 United States Radio & Television Corp. (U.S.A. 1929)

  日本製受信機 

National鉱石検波レフレックス4球受信機 1928年頃 National Radio Works /二葉商会 
National Super Horn ホーンスピーカ 1928年頃 National Radio Corporation

自作またはメーカ不明

鉱石検波レフレックス3球改造エリミネータ受信機 1928年頃、日本製、メーカー不明
鉱石検波レフレックス3球受信機 
  1928年頃、日本製、メーカー不明
再生式4球受信機  1929年頃、日本製、メーカー不明
再生式3球受信機  1929年頃、日本製、メーカー不明
高一付5球再生式受信機 1931年頃、日本製、メーカー不明
高一付5球再生式受信機 1931年 諏訪ラジオ商組合 (NEW)

メーカ製品

SPELY 鉱石検波レフレックス3球受信機 (1931年、Spely Radio Co.,)
コンドル100号  高周波1段5球受信機 (1931年、坂本製作所) 
サンダーF.S.   再生式4球受信機 (1931年頃、富久商会) 
シンガー高周波1段5球受信機 (1930年頃、三共電機工業(株) 
シンガー再生式4球受信機 (1930年頃、三共電機工業(株) 
SILVERLINE 2590 typeA型 高周波1段5球受信機   (1930年頃、日本製、松崎ラヂオ商会)
テレビアンA-227型 再生式4球受信機 (1931年 山中電機製作所) 
シャープA型 マグネチック・スピーカ (1931年、早川金属工業研究所) 
シャープダイン33型 再生式4球受信機  (1932年、早川金属工業研究所)
フタバ 高周波1段5球受信機 (1931年 二葉商会電気工作所) 

セミコンソール型5球再生式受信機 (1932年 私製) 

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エリミネーター受信機 
(外国製受信機)


Atwater Kent Model 36 No.9390  高周波3段7球受信機 Atwater Kent Manufacturing Co. (U.S.A. 1927)

   

  

TUBES: 226-226-226-227-226-226 + 280

 コンパクトなシングル・コントロール・ラジオで知られるアットウォーターケント社が初めて発売した交流式受信機。UX-201Aを使った直流式の33型の回路を交流用真空管226,227を使えるように改造し、音量調節をフィラメント調整からアッテネータに変更した。この本体に、同社が市販していたエリミネータユニットを外付けしたものである。セットの外観は従来と大きく変わっていない。
これは、交流用真空管の発売に併せてRCAが発売した交流用受信機のRadiola 17に対抗するために間に合わせに投入したものである。

 アットウォーターケント社は、RCAの特許を頑なに拒んだことで知られる。しかし、当時226,227はまだRCAの供給を受けるしかなかったために、同社はここでRCAの軍門に下り、ライセンスを受けている。(3)(4)

このため、銘板にはそれまでの電池式セットにはなかったライセンスに関する記述が追加されている。この間に合わせのセットで息を継いでいる間に、同社ではまったく新しい形態の交流用受信機37型の開発が急ピッチで進んでいた。

(所蔵No.11815)

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Atwater Kent Model 37 No.9500 高周波3段7球受信機 Atwater Kent Manufacturing Co. (U.S.A. 1927-28) $88(球なし)

 

  
  内部(左)と、電源部のカバーをはずしたところ(右)

TUBES, 226-226-226-227-226-171-280

 コンパクトなシングル・コントロール・ラジオで知られるアットウォーターケント社が発売した最初の金属ケース入り交流式受信機。回路は、最初の交流式受信機Model 36と同じで、分かれていたシャーシと電源をひとつのキャビネットにまとめたものである。
自動車産業で実用化された大型プレス機による金属キャビネットの量産効果は著しく、日産3,000台の生産が可能であったという。(4)

モデル37は、ライバルのRCA Radiola 17の$130に対して30%以上安い$88の低価格で発売された(3)。このため、37型は発売された1927年12月のクリスマスセール期の1ヶ月で12,240台を生産し、発売から4ヶ月で10万台以上(派生モデルの38型を含め、同社は20万台と宣伝していた)を売るベストセラーとなった。これに対抗してRCAでは、17型を 18型にマイナーチェンジして$115に値下げして発売したが、金属キャビネットの33型が出るまで価格では追いつけなかった。

37型は、約8ヶ月でよりコストダウンが図られた改良型Model 40に引き継がれることになる。

(所蔵No.11937)

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Atwater Kent Model 40 No.9800 高周波3段7球受信機 Atwater Kent Manufacturing Co. (U.S.A. 1928-29) $77(球なし)
Atwater Kent Model E Loud Speaker (1928) $20

  

TUBES, 226-226-226-227-226-171-280

 コンパクトなシングル・コントロール・ラジオで知られるアットウォーターケント社が発売した初期の交流式受信機。最初に金属ケースを採用したModel 37をマイナーチェンジしたもので、蓋の装飾が簡略化されるなどのコストダウンが図られた。外観では、蓋のデザインの他、キャビネットとツマミの色が、茶色をベースとしたものから黒系統に変更されている。回路は若干の改善が図られた以外はほとんど同じだが、電源部の構造が変更されている。価格はモデル37に対して10%安い$77とされた。(3)
このため、40型はベストセラーとなり、派生機種を含め1928年中に60万台を生産した。同社は1927年初頭に類型生産台数100万台を達成したが、わずか2年後の1929年初頭には200万台に達している。(4)

Model E 型スピーカは、ラジオと同じ金属キャビネットのマグネチック・コーン・スピーカで、純正スピーカとして発売された。

(所蔵No.11466-2/10046)

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RCA Radiola 17 model AR-927 高周波3段7球受信機 Radio Corpolation of America (U.S.A. 1927-28) $157.50

 

 

 TUBES: 226-226-226-227-226-171A-280

 Radiola 17は、1927年に交流用真空管226および227が発売されたのに併せて、この新型管を使用した本格的な”Socket Power Radio"のRCA最初のモデルとして発売された。シャーシは電池式のRadiola 16とほぼ共通で、右側にエリミネータ電源を置いた配置となっている。このためセットの横幅は70cmにもなり、非常に重い。

回路は226による高周波3段、227検波、226-171Aの低周波段に280で、B電源を供給する。RFの初段は非同調で、3連バリコンを使用してシングルコントロールとしている。パネルには両端にボリュームコントロールと電源スイッチがあるのみで、再生調整は省略されている。高周波3段の回路は不安定で、異常発振を起こすトラブルが多発し、ダンピング抵抗を入れて対策したところ感度が下がってしまった。このため、Radiola 17は、7ヶ月余りで改良型のRadiola 18にモデルチェンジされることになった。短命な機種であったが、最初のACラジオは非常に良く売れ、17万台強製造された。

本機は、真空管の一部および端子盤のカバーが失われている。

(所蔵No.11885)

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RCA Radiola 18 model AR-936 高周波3段7球受信機 Radio Corporation of America (U.S.A. 1928-29) $115
RCA Loudspeaker Model 100-A (UZ-1076) スピーカ Radio Corpolation of America (U.S.A. 1927-28) $35-29(after Oct. 3, 1928)

  

 

TUBES: 226-226-226-227-226-171A-280

 電灯線から電源を取る”Socket Power Radio"のRCA最初のモデル、Radiola 17の不具合を改良したモデルである。回路構成とシャーシはほぼ共通、デザインはダイヤルエスカッションのデザインが異なるのみである。18型は、アットウォーターケントの新製品の低価格攻勢への対抗のため、17型に対して約30%価格が下げられた。18型は発売され、米国でベストセラーとなった。

226による高周波3段、227検波、226-171Aの低周波段に280で、B電源を供給する。RFの初段は非同調で、3連バリコンを使用してシングルコントロールとしている。幅70cmもある大型のセットで、非常に重い。$115という価格は決して安いものではないが、この大型機が当時25万台以上生産された。

同時に発売されたスピーカは100-A型である。8インチのマグネチック・スピーカを金属ケースに収納している。
本機は、背面に日本語の記入があり、日本に正式に輸入されたものである可能性が高い。

(所蔵No.11694/10043)

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RCA Radiola 33 Model AR-784 高周波3段7球受信機 Radio Corpolation of America (U.S.A. 1929-30) $86.50
RCA Loudspeaker Model 100-B (UZ-783) スピーカ  Radio Corpolation of America (U.S.A. 1929-30) $22

 

 TUBES: 226-226-226-227-226-171A-280

 RCAの2世代目の交流式受信機。
シャーシはほぼ18型と同じだが、木台に金属キャビネットを組み合わせた箱が採用された。デザインは当時流行のアール・デコを取り入れたもので、三角形の模様はネイティブ・アメリカンの伝統的な意匠を取り入れたもの。226による高周波3段、227検波、226-171Aの低周波段に280で、B電源を供給する。RFの初段は非同調で、3連バリコンを使用してシングルコントロールとしている。幅70cmもある大型のセットで、非常に重い(18kg)。金属キャビネットの採用や量産効果により、18型より25%価格を下げている。

スピーカ100-B型は、100-A型のモデルチェンジになる機種で、33型にデザインを合わせてある。
このスピーカは、日本のメーカによりコピー品が作られた。

(所蔵No.11811/10053)

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RCA Radiola 60 Model AR-954 9球スーパー Radio Corpolation of America (U.S.A. 1929-30) $210.00

 

 

 TUBES: 227 227 227 227 227 227 227 171A 280

 RCAの、交流真空管を使った最初のスーパーヘテロダイン受信機。出力段と整流管を除き全て交流用三極管UY-227で構成され、高周波2段-第1検波-中間周波2段-第2検波-低周波増幅-電力増幅という構成である。Radiola 18 と同じバスタブ型の3連バリコンが使われ、シングルコントロールとなっている。RCAのスーパーで最初にシングルコントロールになったモデルでもある。
シンプルな16,18型と異なり、このモデルは装飾的な派手なデザインとなっている。Radiola 18より一回り大きく、幅74cmにもなる重量級のセットである。発売当初はかなり高価なセットであったが、発売後2ヶ月で$157.75に値下げされ、1930年まで13万台あまり製造された。

本機は、真空管の一部および端子盤のカバーが失われている。

(所蔵No.11886)

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Silver-Marshall 720 Screen-Grid Six 高周波3段6球受信機 Silver-Marshall. Inc. (U.S.A. 1928-29) $69.75 (kit)

  

 

TUBES: 227 235 235 227 227 245

 アメリカの高級受信機メーカ、シルバーマーシャルのTRFセット。電源を地蔵していないセットだが、真空管は当時最新の交流用スクリーングリッド管235が高周波増幅に採用され、傍熱型三極管227が検波および低周波増幅に採用され、出力管には245を使用している。形態は電池式セットと変わらないが、エリミネータ電源を前提とした交流式受信機として設計されたセットである。同じシャーシで真空管が異なる電池式のモデルもあった。

シルバーマーシャルのセットの特徴である、高周波段のステージごとの厳重なシールドと、プラグインコイルによるバンド切替が採用されている。同社の製品は、特許との関係でキットで供給されることが多かったが、このサンプルは銘板に"Factory Wired"と刻まれている。しかし、RCA/GEとのライセンスを示すプレートなどはなく、半完成品として供給された可能性は残る。

本機は、シールドケースのふたが失われている。

(所蔵No.11933)

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Apex Model 37 7球ニュートロダイン受信機 United States Radio & Television Corp. (U.S.A. 1929)

  

 

 TUBES: 226-226-226-227-226-171-280

 交流化された初期のセット。交流用三極管を使ったニュートロダイン方式の高周波3段低周波2段のTRF受信機である。ニュートロダインの特許を使用したことを示す銘板がセット内部に付けられている。3連バリコンを使用したシングル・コントロールとなっている。1930年代に入るとスクリーン・グリッド管224、235などが発売され、三極管を使った高周波多段増幅は使われなくなる。このセットはニュートロダイン受信機の最も最後のものといえる。

(所蔵No.11813)

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日本製受信機


National鉱石検波レフレックス4球受信機 1928年頃 National Radio Works /二葉商会

  

 

TUBES: 4- UX-201A

 このナショナルは松下のものではない。大正時代からラジオ製造にかかわっていた北尾鹿治氏の二葉商会が先に使用していたナショナルである。
北尾氏は松下幸之助氏に「ナショナル」ブランドを譲渡し、1930年に共同でラジオ製造に乗り出すが、考え方の違いから1931年に独立し、その後は「フタバ」ブランドでラジオ生産に乗り出すのである。このセットは二葉がナショナルを名乗っていた最後の頃の製品である。二葉のマークである「F.E.C.」の表記はあるが、メーカ名は”National Radio Works"となっている。舶来品風に見せようとして、当時の国産メーカが良く行った手法である。

なお、このセットのオリジナルの姿を特定することは簡単ではない。UX-201Aを使用した4球鉱石レフとなっているが、電源トランスやコンデンサはオリジナルではない。特徴的なケース入りスパイダーコイルとバリコンは「ナショナル」のオリジナルである。ニュートロドンが付いている点を見ると、このセットが本来電池式のニュートロダインであった可能性も考えられる。

本機の真空管は失われていたので、手持ちの201Aを取り付けた。
保存状態は悪く、塗装がほとんどはがれてしまっている。また、パネル周囲の「額縁」状の飾りも失われている。

(所蔵No.11771)

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National Super Horn ホーンスピーカ 1928年頃 National Radio Corporation

  

 ナショナルを名乗る国産のホーンスピーカ。ただし、二葉のラジオとは異なり、二葉を示すFECの表示はなく、ロゴや英文の会社名も異なる。出所不明のナショナル製品である。二葉の初期の製品という可能性もある。

(所蔵No.10051)

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鉱石検波レフレックス3球改造エリミネータ受信機 (1928年頃、日本製、メーカー不明)

  

TUBES: 3- UX-201A + 鉱石検波器

 下の扉の中にバッテリーを収める電池式受信機を改造して作られた初期の交流式受信機。電池時代の真空管UX-201Aを使い、鉱石検波とレフレックス回路を使って真空管を節約している。バイアス用にはC電池(写真右端)が使われている。

下の所蔵No.11001とほぼ同じ構成だが、最初から交流式として組み立てられた11001に対してこちらは後から電源トランスを付けたため、電源トランスとチョークコイルが左右に泣き分かれ、アンテナコイルのすぐ後ろに電源トランスという無理なレイアウトになってしまっている。昭和初期には、このような電池式受信機のエリミネータへの改造が良く行われた。

鉱石検波器は写真右上のホルダに取り付けられるが、現在は失われている。

(所蔵No.11277)

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鉱石検波レフレックス3球受信機(1928年頃、日本製、メーカー不明)

  

TUBES: 3- UX-201A + 鉱石検波器

 電池式受信機のイメージを残す初期の交流式受信機。電池時代の真空管UX-201Aを使い、鉱石検波とレフレックス回路を使って真空管を節約している。バイアス用にはC電池が使われている。レフレックス回路は動作が不安定で真空管が安くなるともに使われなくなった。

(所蔵No.11001)

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再生式4球受信機(1929年頃、日本製、メーカー不明)

TUBES: 227-226-112A-112B

 3極管再生検波、低周波2段の標準的な受信機。
ここではマグネチックスピーカーを組み合わせてあるが、ラッパ型スピーカーが使われることも多かった。
この回路は後に「並四」と呼ばれ、安物の代名詞となるがこの時代は決して安いものではない。シャーシは電池式受信機と同じように木の板の上に組まれているが、絶縁電線が使われ、板の下側を通して配線するようになっている。本機はアマチュアかラジオ商の手作り品と思われる。

スピーカーはオリジナルの組み合わせではない。

(所蔵No.11004)

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再生式3球受信機(1929年頃、日本製、メーカー不明)

 

TUBES: 227-112A-112B

再生検波低周波1段の3球式受信機。
この時代にシングルコントロールのデザインは珍しい。

(所蔵No.11002)

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高一付5球再生式受信機 (1931年頃、日本製、メーカー不明)

 

 

TUBES: 26B 227 226 112A KX-112B (マツダ、エレバム)

長野県内で使用されていた交流式受信機。長野放送局開局(1931年)時に購入されたものと思われる。
トクヒサの電源トランス、原口のコンデンサなど、国産の部品が使われている。ラジオ商が組み立てたものと思われる。
このセットは永く松本市に残されていた。当初4球再生式として組み立てられたが、感度が不足するためか26Bによる高周波増幅回路を追加している。

(所蔵No.m11003)           長野県松本市 西郷様寄贈

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高一付5球再生式受信機  1931年 諏訪ラジオ商組合

  

 TUBES: 224 227 226 112A KX-112B (24B 227 26B 12A 12F)

日本独特の2階建てキャビネット下部の、本来バッテリーケースの部分に電源部を組み込んだエリミネータ受信機。使用部品や構造から判断して、電池式セットを改造したものではなく、最初から交流式として組み立てられたと思われる。蓋の裏には諏訪ラジオ商組合の料金表が貼ってある。日付は昭和6年2月となっていて、長野放送局開局直前に行われたキャンペーンで組み立てられたものと思われる。発売されたばかりの四極管224を採用している。

このセットには昭和6年3月19日申請、30日許可の静岡県磐田郡の住所の私設許可書が残っている。そして、本体内部には昭和9年6月の諏訪電気(株)による検査章が貼ってある。想像でしかないが、諏訪でラジオを組み立て、新年度から静岡県に転居し、昭和9年には諏訪に戻ってきたのではないだろうか。その後、真空管や電源スイッチを交換して戦後まで使われたと思われる。

本機は分解された状態で発見されたため、欠落した部品を補って組み立てなおした。また、正面パネル周囲には、バッテリーケースと同様の額縁があったと思われるが失われている。パネルはベニヤ板だが、右下の部分に剥がれが見られる。

(所蔵No.11A108)

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SPELY 226 鉱石検波レフレックス3球受信機       (1931年、Spely Radio Products) 

  

 

TUBES: 鉱石検波器 226 226 112B

このセットは交流用真空管UX-226を使用しながら鉱石検波レフレックス回路、レオスタットで音量を調整するなど、旧式な回路を採用している。しかし、シャーシの構造は金属シャーシを採用した新しいものである。新旧の要素が一台に詰まった過渡期の製品といえる。そもそも不安定な鉱石レフをメーカが採用することじたい珍しい。

鉱石検波器は失われている

(所蔵No.11A057)

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コンドル100号 高周波1段5球受信機 (1931年、坂本製作所) 

  

 

TUBES: 224 227 226 112A 112B (57S 57S 26B 12A 12F)

 当時、国産ラジオメーカではトップクラスだった坂本製作所のコンドル交流式受信機。この時代のメーカー品のセットの常で、東京電気のサイモトロン真空管特許の使用許諾証が付けられている。最新のスクリーングリッド管224を高周波増幅に使用し、金属シャーシを採用している。ピックアップ端子を備え、バリコンの後部に付けられたスイッチで、同調つまみを回しきるとピックアップに切り替わるようになっている。

このセットはコイル、バリコン、真空管に厳重なシールドを施している。コイルに近いからかもしれないが、整流管にまでシールドをつけているのはやりすぎだろう。熱対策のためか外されてしまっている。このセットは、コイルをスター製の汎用品に交換され、検波管を227から57Sに改造されてる。改造の過程でコイルケース1つと、シャーシ左端の低周波トランスと思われるケースが失われている。

キャビネットは当時最新の流行であるアールデコを取り入れたシンプルなものである。キャビネット右側面にナイフスイッチが追加されているが、セット内部には配線されていない。アンテナ避雷器として使っていたものと思われる。

(所蔵No.11950)

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サンダーF.S. 再生式4球受信機 (1931年頃、富久商会)

  

TUBES: 227 - 226 - 226 - KX-112B (27A 26B 26B 12F)

 エリミネータの初期に流行した金属キャビネットを採用した4球受信機。メーカの富久商会は現在でも電子部品商社として盛業中である。このような金属キャビネットはコスト面のメリットが薄く、すぐに廃れてしまった。また、戦時中の金属回収により多くが失われたともいう。他社の製品と、ダイヤルを除く形状が同じであることから、金型を持ってキャビネットを供給していたメーカがあったようである。

本機のツマミは左端のみオリジナルである。また、コイルとチョークコイルが終戦直後の粗悪な製品に交換されている。

(所蔵No.11951)

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シンガー再生式5球受信機 高周波1段5球再生式 (三共電機工業(株)、1930年頃)

  

TUBES: 226 - 227 - 226 - 226 - KX-112A

交流受信機の初期の時代に大量生産を目指して金属製のキャビネットの採用が流行した。早川金属工業(シャープ)の富士号のほか、このシンガー製品、コンドル、フタバなどがある。ダイヤルが2つあるのは、まだ2連バリコンではなく、高周波増幅段と検波段の操作が独立しているためである。このような金属キャビネットはコスト面のメリットが薄く、すぐに廃れてしまった。また、戦時中の金属回収により多くが失われたともいう。

スピーカは純正の組み合わせだが、同時に発見されたものではない。
本機は整流管が失われている。

(所蔵No.11572)

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シンガー再生式4球受信機 (1930年頃、三共電機工業(株)

  

TUBES:227-226-226-KX112A

 このシャーシは本来、上記の製品のように金属キャビネットに収められて発売されていた。このセットは、シャーシとして販売されたものを別の木製キャビネットに入れたものと思われる。このキャビネットのデザインは、松下幸之助氏が北尾鹿治氏の工場を買収し、初めてラジオの生産に当たった国道電機製作所製品のものである。同社はすぐに松下に吸収され、この形のラジオの生産は中止されたが、デザインの評判は良かったらしく、その後も「松下型」と称してコピー品のキャビネットが生産された。

本機は、真空管がST管に交換されているが、比較的良くオリジナルが保たれている。
スピーカは同時代のものだが、オリジナルの組み合わせではない。

(所蔵No.11336)

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SILVERLINE 2590 typeA型 高周波1段5球受信機 (1930年頃、日本製、松崎ラヂオ商会)

  

TUBES: 226-227-226-112A-112B

 幅75cmもある大型のキャビネットは非常に仕上げが良い。かなり高級なセットだったと思われる。メーカーは不明だが、同じブランドが東京の松崎ラヂオ商会から発売されている。スピーカーはマグネチックである。すでに金属シャーシが採用され、このタイプの受信機としては後期のもの。本機はコイルが戦後のものに交換されている。真空管はST管に交換され、低周波段226-112Aの2本が軍用の双3極管UZ-12C 1本に置き換えられている。

パネルに張られた放送局名のメモから、北陸地方で少なくとも昭和20年代後半まで使用されていたと思われる。

(所蔵No.11597)

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テレビアンA-227型 再生式4球受信機 (1931年 山中電機製作所)

  

TUBES: 227-226-112A-112B

 「テレビアン」ブランドを使い始めた頃の山中電機のエリミネーター受信機。この時代、メーカー製のセットは珍しい。
多少大型だがエリミネーター受信機としては標準的な回路。ただし、すでに金属シャーシを使用している。スピーカーは同社の純正品である。

本機は26Bを1本追加してバリコンをシャープ製の2連バリコンに交換し、高一受信機に改造されている。真空管もこの時にST管に交換されたと思われる。改造の時期は使われている部品の年代から1937年頃と思われる。放送局型と共通のデザインのツマミも後に交換されたものと思われる。シャーシに余裕があり、利得の低い3極管を使ったエリミネーター受信機がこのように改造されている例は多い。

(所蔵No.11594)

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シャープA型 マグネチック・スピーカ 1931年、早川金属工業研究所

   

 早川が、金属キャビネットのシャープダインNo.30富士号5球、25号4球に合わせて用意されたスピーカ。
初期のコーン型マグネチックスピーカを内蔵している。後に出ているのはスピーカの調節ねじである。

(所蔵No.10022)

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シャープダイン 33型 再生式4球受信機  (1932年、早川金属工業研究所)

  

 

TUBES: 227 226 226 112B

 早川の金属キャビネットを採用した交流受信機の後期のもの。出力管にUX-112Aではなく、UX-226を採用することで低価格としている。

本機は、真空管が57S 26B 26B 12F に交換されている。アンテナコイルも戦後のスター製並四コイルが使われていて、戦後まで使用されていたことがわかる。ツマミは右の1個だけ違っているが、これも同時代のシャープのツマミである。どちらがオリジナルかは不明である。

(所蔵No.11958)

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フタバ 高周波1段5球受信機 (1931年 二葉商会電気工作所 The Futaba Electric Co.) 

  

 

TUBES: 226 - 227 - 226 - 112A - 112B

 大正末期からラジオの生産にあたった北尾鹿治氏は、1930年に自社の工場を松下幸之助氏に譲渡し、国道電機製作所を設立して共同でラジオの生産にあたったが、製品の品質に対する考え方の相違から1931年に独立して二葉商会を設立、フタバ(F.E.C.)ブランドでオリジナルの製品を生産開始した。
このセットは、同社のごく初期のものである。
同社はその後第2次大戦直後まで関西の有力メーカとして君臨することになる。

(所蔵No.11334)

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セミコンソール型5球再生式受信機 (1932年 私製)

   

  
  裏蓋に貼られた手書きの回路図(左)と、パワートランスに貼られた電灯会社の試験票

TUBES: 226-227-226-226-112A

 スピーカをひとつのキャビネットに収めた、エリミネータからミゼットへの中間に位置するセット。ワルツのマグネチック・スピーカを駆動する高周波1段再生検波5球受信機である。昭和四年度規定による放送協会認定品の坂本製作所製T-227型電源トランス、チバのバリコン、トクヒサの低周波トランス、ドイツ製のコンデンサなど、一流の部品が使われている。真空管はすべてST管に交換されている。電源部をキャビネット上段に配置する特異なレイアウトとなっている。レオスタットやニュートロドンが使われているところなど、まだ電池セット時代の名残が見られる。私製であるが、良い部品を使って丁寧に作られたセットである。

(所蔵No.11746)

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参考文献

(1)ラヂオ年鑑 昭和8年版 日本放送協会 1933.6.1 日本放送出版協会
(2)Radiola -The Golden Age of RCA 1919-1929- Eric P. Wenaas Sonoran Pablishing, LLC,
(3)Radio Manufacturers of 1920's Vol.1, Alan Douglas, Vestal Press (U.S.A.) 1991
(4)A. Atwater Kent: The Man, the Manufacturer, and His Radios, Ralph Williams, John P. Wolkonowitz, Sonoran Publishing Inc. 2002

  

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