真空管式ポータブルラジオの黎明期
The Dawn of Japanese Portable Reciever
1946-1952


CONTENTS

終戦直後のポータブル受信機  1946-49

アメリカ製セット

 RCA Victor 54B3型
 Philco 46-350型 
 RCA Victor Model 66BX "GROBE TROTTER" 
 Emerson Model 560 
 Garod Model 4B-1 "Starlet"
 Zenith Model 8G005TZ1 "Trans-Oceanic Clipper" 

日本製ポータブル受信機の黎明

 4球ポータブルスーパー
 2球再生式ポータブル受信機
 Supertone 3ウェイ4球スーパー
 Special ポータブルラジオ用ケース
 シルバー 50W4型 2ウェイ4球スーパー (NEW)

参考文献

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終戦直後のポータブル受信機 1946-52

 戦後、アメリカではラジオの生産が本格的に再開され、ポータブル受信機も新型が発売された。
戦後は家庭用受信機もGT管からmT管へ移行し、12BE6-12BA6-12AT6-50C5-35W4というトランスレススーパーが主流となっていた。
戦後の荒廃で満足なST管すら量産できなくなっていた日本とは天と地ほどの違いがあった。
 戦時中のものも含め、その多くは進駐軍を通じて占領下の日本に情報がもたらされた。
ラジオ雑誌にはmT管を使ったアメリカ製のポータブルラジオや真空管のスペックが紹介されるようになった。
mT管は当時ピーナッツ管と呼ばれることが多かった。


アメリカ製ポータブルラジオ


 RCA Victor 54B3型 4球ポータブルスーパー 1946年 RCA Manufacturing Co.Inc.(U.S.A)

  
 
 
 RCAから戦後すぐに発売されたポータブル。厚みはあるがBP-10より小型化されている。
回路はBP-10とほとんど変わらない1R5-1T4-1S5-1S4の4球で小型のパーマネント・ダイナミックを駆動する。
キャビネットは鉄板で、ループアンテナを内蔵する蓋は蛇革を模したプラスチック製である。

本機は、ハンドルが失われている。

(所蔵No.11548)

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 Philco 46-350型 6球3ウェイポータブルスーパー 1946年 Philco Corp. (U.S.A.)

  
  ダイヤル部分にシャッターが付いている。
 
 アメリカ・フィルコ社の大型ポータブル。1T4-1R5-1T4-1U5-3Q5GT/G-117Z3 の構成で、ダイナミックスピーカを駆動する。
古いタイプの3ウェイポータブルのため、整流管を使用している。木製クロス張りのキャビネットの内側周囲にループアンテナを設置している。
アメリカ製の大き目のポータブルはA,B電池をひとつのケースに収めた専用の積層電池を使用するため、電池の電圧が記載されていないものが多い。電池の型番はP-841Aである。
(所蔵No.11757)

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 RCA Victor Model 66BX "GROBE TROTTER" 3ウェイ5球スーパー 1947年 Radio Corporation of America RCA Victor Division (U.S.A.)

  

  
 RCAの大型ポータブル。3ウェイの電源整流器にセレンを使った初期のもの。1T4-1R5-1T4-1S5-3V4 の構成。
ダイヤル部のカバーが電源スイッチになっていて、開くと電源が入る。
ダイヤル左右の金色のリングがボリュームとチューニングのツマミとなっている。
薄いアルミとベークライトでできたキャビネットは時代を超えたデザインである。
左側のベークライトパネル内側にループアンテナが設置されている。
感度が不足する場合は付属のループアンテナを皮ベルト風のリードで接続して外に出す。
バッテリーは組み電池 RCA V S019 を使用する。
(所蔵No.11757)

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Emerson Model 560 4球ポータブルスーパー 1948年 Emerson Radio & Phonograph Corp.(U.S.A.)
  
TUBES: 1R5-1T4-1S5-3S4, Permanent Dynamic Speaker

 アメリカの中堅メーカ、エマーソン社の電池専用ポータブル。1R5-1T4-1S5-3S4 のポータブル初期の構成である。
A用の4.5V、B用の67.5Vの積層乾電池をシャーシの下に収納する。
このずんぐりしたスタイルが、戦後から50年代前半までのループアンテナを使用したポータブルの典型的な形である。
このツマミのデザインは国産のポータブルラジオのメーカが盛んにコピーした。
(所蔵No.11756)

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Garod Model 4B-1 "Starlet" 4球ポータブルスーパー 1948年 Garod Radio Corp.

   

TUBES: 1R5-1L4-1S5-3S4, Permanent Dynamic Speaker

 アメリカの中堅メーカ製の電池専用ポータブルスーパー。A用の4.5V(1.5V乾電池を3個)、B用の67.5Vの積層乾電池を使用する。
写真のように水平に置いて使用する。このため、ループアンテナがシャーシの側面に折り曲げて搭載する変わった構造になっている。
電池はキャビネットを取り外して交換する。電源スイッチはドアスイッチでなく、通常のスイッチ付ボリュームである。
キャビネットはすでに軟質プラスチックが使われている。蓋と本体の青、白の配色が逆のモデルもある。

(所蔵No.11894)

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Zenith Model 8G005TZ1 "Trans-Oceanic Clipper" 1948年 Zenith Radio Corp. (U.S.A.) $128.40
  
TUBES: 1LA6 1LN5 1LN5 1LE3 1LD5 1LB4 1LB4 117Z3
AC110V or DC (Batt. Pack Z985X),
BC: 535-1620kc, 15m: 6.0-6.27Mc, 19m: 9.45-9.85Mc, 25m: 11.6-12.1Mc, 31m: 15-15.6Mc, 49m: 17.5-18.3Mc

 大型のトランク型ポータブルラジオ。中波の他、2-18Mcの短波を4つに区切った合計5バンドのオールウェーブである。
このシリーズは第2次大戦が始まった頃に発売された。本来は大型ヨットに搭載して使用する目的で開発されたが、一部は兵士の慰問用に戦地でも使用された。同社のポータブルの特徴である、取外せるループアンテナ"Wavemagnet"が蓋の裏側に取り付けられている。
このモデルは戦時中から開発がすすめられ、戦後すぐに発売された。
本機は、すべてロクタル管で構成された初期型の整流管のみmT管に変更したもの。
平和な時代に向けて復活したトランス・オーシャニックであったが、再び朝鮮戦争では兵士の慰問用に使われることになった。
短波はオールウェーブではなく、業務無線に必要な狭いバンドのみを備えていた。
大型ヨットや航空機の機内で使うことを前提としたこのような機種は、日本では考えられないものであった。
(所蔵No.11965)

日本製ポータブルラジオ


日本製ポータブル受信機の黎明

 日本でもmT管の研究は戦前から続けられ、1948年には品川電機より電池管B-01(1R5相当品), B-03(1T4相当品)(いずれも60mA)がサンプルレベルで供給された。
翌1949年には B-03A(高周波増幅1U4類似品、独自規格))、B-02、1S5相当品、検波、増幅), B-04(3S4相当品、出力)、(70mA)が発表され、市販された。
アメリカ規格のmT管がフィラメント電流50mAだったのに対し、エミッションが不足したため国産のmT管は60-70mAであった。
1950年にはフィラメント電流をアメリカ製と同じ50mAとすることができたため、名称がアメリカ製と同じになった。(4)
また、太陽電子研究所(アポロ)から、mT管ではないが、ベースを持ったサブミニ管、11M, 13M, 15M が市販されるようになった。

 各社から小型バリコンなどのポータブル用部品も開発され、市販された。
積層乾電池は戦時中に開発が続けられ、1947年頃から品質は低かったが少しずつ市販されるようになった。
ただし、寿命はアメリカ製の半分程度で、数mAの電流を流すと電圧が半分になるような代物も多かったという。(1)
4インチ以下のスピーカの小型化は進まず、3インチについてはクリスタル・スピーカが使われた。
アメリカ製の放出真空管などを使用して中小メーカがポータブルラジオを少数ながら生産するようになった。
戦後初のポータブルは中島無線が1946年に発売したものだという。
シルバーの白砂電機も1948年には製品を発売している。この2社はその後ポータブル専業メーカとして成長していく。
初期のポータブルは1R5-1T4-1S5-1S4の4球スーパーで、アメリカ製の真空管を使用していた。

1949年10月23日には、明治大学工学部電気研究所と十日会(戦前のJOAK技術合格者の技術懇談会、戦後まで続き、JATにつながる(3))主催による「ポータブル・ラジオ普及講演会」が開催され、部品メーカ、およびメーカの先駆者であった中島無線の担当者の講演があった。最後に「ポータブル・ラジオの保守修理について」という題目でワシントンハイツ(進駐軍住宅)PXの永田氏の講演があるところが時代を感じさせる。

1950年に入ると、NECはじめ各社からアメリカ規格と同じ電池用mT管が発売された。(2)
同年には、中島、白砂(シルバー)などの中小新興勢力に加えて、早川(シャープ)からもPR-2型ポータブルが発売され、初めての大手の進出となった。

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 4球ポータブルスーパー メーカ不明 1948年頃

  
 日本製のポータブルスーパー。1R5-1T4-1S5-1S4の4球でアメリカ製のmT管を使っている。
デザインはアメリカ・モトローラ社の5A5型あたりをコピーしたもので、オリジナルが鉄とプラスチックのキャビネットなのに対してこのキャビネットは木製である。
内部はいかにも手作りという感じだが、つまみはオリジナルの樹脂製のものをアルミ削り出しでコピーしている。
銘板が付いていた跡があるが、現在では判読できない。メーカが試作したものか少数を市販したものと思われる。

(所蔵No.11114)

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 戦後、昼間送電のない地域や、電力事情の悪化により頻発した停電対策のために、電池式受信機やポータブル受信機がアマチュアにより製作されるようになった。
当時mT管が多少市場に出回るようになっても入手は難しく、多くのアマチュアは旧式の30,33や軍用の放出品として出回っていた109A/C,133,135,30MCなどのST管を使用してポータブルラジオを製作した。

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 2球再生式ポータブル受信機 製作者不明 1948年ころ

  
 手製の2球ポータブル受信機。軍放出のUF-109A - UY-133A の2球再生検波でレシーバを駆動する。
箱もループアンテナも手製である。
仕切りの外側のスペースに電池を搭載する。スペースから45Vの積層乾電池と単二乾電池を使用したと思われる。

本機のバリコン、豆コン、ツマミは失われていたため、スペースと回路から推定して当館で手持ちの部品を取り付けた。

(所蔵No.11736)

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 Supertone 3ウェイ4球スーパー Osaka Pocket Radio Corp. 1949年頃

 

 
TUBES: 1R5 1T4 1S5 3S4, Se Rectifier (NRC)

 大阪の無名メーカの4球スーパー。キャビネットは木製である。
真空管は普通のmTの電池管で、アメリカ製の球が使われている。
交直両用とするために中島ラジオ製のセレン整流器が使われている。
電池ケースが失われているため詳細は不明だが、裏から見て左に単一のA電池、右側にBL-145型B電池が入ったものと思われる。
部品は寄せ集めで、シャーシのつくりは手作りの粗末なものである。
しかし、部品や調整ねじにはペイントのチェックが入れられ、丁寧に作られたものであることがわかる。
各部にNo.14の手書きの文字がある。14台目の意味かもしれない。
戦後のポータブルラジオは、このようなベンチャー企業の手作り製品からその歴史が始まったのである。
(所蔵No.11945)

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 Special ポータブルラジオ用ケース メーカ不明 1950年頃

   
 初期のポータブルラジオキット用のキャビネット。未使用新品と思われる。
mT管やポータブル用小型部品の国産化に合わせてシャーシやキャビネットも発売されるようになった。
ループアンテナに対応したずんぐりとしたデザインで、シャーシは左右の溝を利用して水平に収められる。
プラスチック風の塗装仕上げとなっているがキャビネットは木製である。
デザインは上のエマーソンのモデルをモチーフにしたものと思われる。
(所蔵No.11736)

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シルバー 50W4型 2ウェイ4球スーパー 白砂電機(株) 1952年 卸\12,500

  
 TUBES: 1R5 1T4 1S5 3S4, Se Rectifier, A: DC3V, B: DC67.5V

シルバーの初期のポータブルラジオ。プラスチックケースが導入された初期のものである。
本来、ループアンテナを使用していたころの米国製セットのコピー品であるが、当時最新のバーアンテナが使われている。
木製キャビネットに比べるとコンパクトになった。AC/DCの切り替えは内部のロータリースイッチで手動で行う。
(所蔵No.11991)

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参考文献

(1)1949年型アメリカ製ポータブル・ラジオと国産パーツ 平 増夫 電波科学 1949年7月号
(2)華やかに登場する1950年の国産真空管 編集部 電波科学 1950年1月号
(3)ラジオの歴史 高橋雄造著 2011年 法政大学出版局
(4)B-0シリーズミニチェア真空管の話 吉光康良 電波科学 1950年9月号

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