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青年団ラジオ

目次

青年団の歴史と青年団向け放送の始まり
青年団受信機 
 青年2号A型受信機 坂本製作所 
 青年2号B型受信機 松下無線(株) 
 青年2号C型受信機 早川金属工業(株) (NEW)
 青年2号D型受信機 ミタカ電機
 青年団4号A型受信機 山中電機
 青年4号B型受信機 日本青年館/ミタカ電機 
 青年5号A型スーパー 早川金属工業
業界に波紋を呼んだ「青年団ラジオ」 
太平洋戦争下の青年団団体聴取
参考文献

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青年団の歴史と青年団向け放送の始まり

 江戸時代までの各村落ごとに見られた若者組などと呼ばれる、集落内の若者が合宿をしながら大人の世界のしきたりなどを学んでいく組織が母体となり、明治末期から大正時代になって青年団と呼ばれる組織が全国各地に作られるようになった。大正時代に明治神造営奉仕活動に全国の青年団が動員されたことをきっかけに、大日本連合青年団が結成された。
 
 青年団では団員の教養を高めるための学習活動を実施してきた。また、日本放送協会では1935(昭和10)年頃から学校放送の実施とともに、欧米で効果を上げていた成人向けの団体聴取活動を参考にした企画が、各放送局で始められていた。大阪放送局で1934(昭和9)年4月2日から5月5日まで放送された「農村への講座」に際して産業組合、実業補修学校(後の青年学校)、青年団などに団体聴取を提唱し、受信機を貸し出し、テキストを無料配布して参加を促進した。これが青年団の団体聴取の始まりとされる。 1936(昭和11)年から、大阪の「農村への講座」は「ラジオ青年学校」と改められ、、東京では新たに「青年講座」が放送開始された。青年講座のテキストは青年学校、青年団に無料配布された。翌1937年からは東京、名古屋、大阪各中央放送局管内で統一した番組として放送されるようになった。

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青年団受信機

 大日本連合青年団では、放送協会と提携してラジオ団体聴取の効果を認め、特に農村部へのラジオ普及を図るためにメーカーに専用の推奨受信機を作らせ、各青年団に対して購入金額の半額を補助することとした。放送協会では12万2千円もの経費を補給したという。このほか、聴取施設許可料の代納、取次手数料の給付などの援助を与えた。このようにして生まれたのが「青年団ラジオ」である。
青年団ラジオは松下、早川、山中など、当時の一流メーカが生産していた放送協会認定品を特別な割引価格で提供した。1937年11月上旬から1938年2月下旬までに25,000台が放送協会により斡旋配給された。
これに併せて日本青年館では、放送協会と協力してラジオの技術講習会を開催し、会員の技術向上に努めた。デザインは各社の量産品がベースになっているが、スピーカのグリルが「青年」の文字を図案化した共通のデザインとなっているのが特徴である。

 交流式受信機

型名 真空管 回路方式 製造会社名 感度階級 配給台数 認定番号 認定年月日 備考
青年1号 27A-26B-12A-12B 並四 坂本製作所 中電界級 不明 11085 1937.5.11 RM301型相当、縦型、廃止
青年2号A型 27A-26B-12A-12B 並四 坂本製作所 中電界級 4,393 11084 1937 旧青年1号横型
青年2号B型 27A-26B-12A-12B 並四 松下無線(株) 中電界級 919 11056 1937 シスターS230号相当
青年2号C型 27A-26B-12A-12B 並四 早川金属工業(株) 中電界級 4,045 11077 1937.11.2 シャープA型相当
青年2号D型 27A-26B-12A-12B 並四 ミタカ電機(株) 中電界級 4,009 11036 1935.12.23 アリアR-12型相当
青年4号A型 24B-24B-47B-12B 高一 山中電機(株) 微電界級 9,327 11045 1936.4.20 テレビアンM48号相当
青年4号B型 24B-24B-47B-12B 高一 (社)日本青年館 微電界級 331 11047 1936.5.27 アリア470号相当
青年5号A型 2A7-58-57-47B-12B スーパー 早川金属工業(株) 極微電界級 906 非認定

 直流式受信機 (全て非認定品)

型名 真空管 回路方式 製造会社名 感度階級 配給台数 備考
青年直流2号A型 167-30-169 再生検波低周波1段 中電界級 254
青年直流3号A型 167-30-169 再生検波低周波2段 弱電界級 216
青年直流4号A型 167-30-30-169 再生検波低周波2段 微電界級 352
青年直流5号A型 167-1A6-167-167-169 スーパー 極微電界級 33

 上記一覧表は「日本無線史」第八巻(4)によった。これによると青年5号A型スーパーも認定品とされているが、このような形式の認定品は確認されていない。

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  青年2号A型受信機 (放送協会認定第11084号) 坂本製作所 1937年
  

  
  正面の銘板とシャーシの銘板
TUBES: 27A 26B 12A 12B (12F), Magnetic Speaker,

青年団受信機の最も初期のもの。当初は「青年1号横型」と呼ばれ、縦型のキャビネットの青年1号縦型とペアで発売されたが、旧式なデザインの縦型は廃止され、青年2号A型に改められた。シャーシの銘板には、青年1号の表記が残っている。放送協会認定品11085号のコンドルRM360型とシャーシが共通である。

(所蔵No.11959)

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  青年2号B型受信機 松下無線(株) (放送協会認定第11056号) 松下無線(株) 
  

 
 TUBES: 27A 26B 12A 12B (12F), Magnetic Speaker
松下の放送協会認定品、シスターS230型をベースとする小型の青年団向けセットである。デザインの基本はベース機と同じだが、スピーカのグリルが「青年」の文字を図案化したものになっている。三極管検波の並四球受信機でマグネチック・スピーカを駆動する。他社の青年団受信機も認定品をベースとし、グリルに「青年」の文字を図案化したものを使っている点は共通する。松下は、ラジオ業界のトップメーカとして流通、販売業者からの批判を受けて早期に青年団ラジオの供給を中止したため、この機種の台数は少ない。

(所蔵No.11A053)

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青年2号C型受信機 (放送協会認定第11077号) 早川金属工業(株) 
  

 
TUBES: 27A 26B 12A 12B, Magnetic Speaker
早川の放送協会認定品、シャープ140A型をモデルチェンジして青年団向けとしたセットである。デザインは他の青年団受信機同様、スピーカのグリルが「青年」の文字を図案化したものになっている。三極管検波の並四球受信機でマグネチック・スピーカを駆動する。

本機は、24B 27A 12A 12F に改造されている。ツマミはオリジナルではない可能性がある。

(所蔵No.11A085)

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  青年2号D型受信機 (放送協会認定第11036号) ミタカ電機(株) 1937年
   

     
TUBES: 27A 26B 12A 12B, Magnetic Speaker

 ミタカ電機の放送協会認定品、R-12型をベースとする青年団向けセットである。デザインの基本はR-12型と同じだが、スピーカのグリルが「青年」の文字を図案化したものになっている。三極管検波の並四球受信機でマグネチック・スピーカを駆動する。他社の青年団受信機も認定品をベースとし、グリルに「青年」の文字を図案化したものを使っている点は共通する。本機には、聴取許可書が添付されてる。これによると愛知県知多郡横須賀町の青年団で使われていたことがわかる。

(所蔵No.11709)

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  青年団4号A型受信機 (放送協会認定第11045号) 山中電機(株) 1937年
   

  
 取説表紙(個人蔵)、裏表紙には山中電機株式会社特製とある。  回路図 (取説より)
TUBES, 24B-24B-47B-12B/F, Magnetic Speaker

 山中電機の放送協会認定品、M-48型をベースとする青年団向け高一セットである。デザインの基本はM-48型と同じだが、スピーカのグリルが「青年」の文字を図案化したものになっている。他社の青年団受信機も認定品をベースとし、グリルに「青年」の文字を図案化したものを使っている点は共通する。高一であるのは、電波の弱い農村部向けであったからだろう。

本機のツマミはオリジナルではない。
(所蔵No.11306)

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青年4号B型受信機 (放送協会認定第11047号) 高一付4球 (社)日本青年館/ミタカ電機(株) 1937年 
  

  
TUBES, 24B-24B-47B-12B/F, Magnetic Speaker

 ミタカ電機のアリア470型(認定番号:放11047)をベースとする高一受信機。
デザインはオリジナルとはかなり異なる。スピーカのグリルが「青年」の文字を図案化したものになっているのは、他の青年団受信機と共通する。このセットは、他の青年団受信機と異なり、銘板に、メーカ名でなく、社団法人日本青年館と入っている。日本青年館は、青年団活動の拠点として1925年に建設された会館であり、同名の社団法人(現在は財団法人)が運営に当たっている。会館という建物の機能のほかに、日本青年館は、青年団活動の育成のためのさまざまな事業を運営してきている。この機種は、生産台数が331台と、他の青年団受信機と比べて極端に少ない。通常のルートで販売されたものではなく、日本青年館が特別に作らせて、配布したものと思われる。

本機のスピーカはオリジナルでない。また、検波コイルと真空管が失われている。
(所蔵No.11791)

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 青年5号A型 5球スーパー 早川金属工業(株) 1937年
   
TUBES: 2A7-58-57-47B-12F, Electo-dunamic Speaker

 青年団受信機としてはもっとも高級なモデル。アメリカ、エマーソン社のデザインを模したダイヤルには、外地のものを含む各局のコールサインとSuperheterodyneの文字が描かれている。このような高級受信機は数が少なく、このセットも906台しか供給されていない。本機の製造番号は900で、最後期の製品である。

本機は戦後6.3Vのスーパーに改造されている。スピーカはオリジナルではない。
ツマミも戦後の不揃いなものが付いていたため取り外し、同時代のシャープ58型のレプリカを取り付けた。

(所蔵No.11743)

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業界に波紋を呼んだ「青年団ラジオ」

 1937(昭和12)年、「青年団ラジオ」は、同時に始まった「官庁ラジオ」と合わせてラジオ業界に大きな衝撃をもたらした。上記のように、大日本連合青年団のパンフレットでは、「ラジオの価格の半額を補助」と書かれているが、業界紙である「ラジオ公論」紙上では、「青年団は市価の半額でラジオを入手できた」と書かれている。放送協会による補助金、斡旋と、メーカの割引により、顧客である青年団や官庁としては市価の半額でラジオが手に入ったわけである。実際には、当初放送協会から相談があり、25社程度のメーカが参加しての入札が行われたが、価格が低く、一部の大手メーカが安値で落札する結果になったという。落札できなかった中小メーカからは不満の声が上がった。(6)

 メーカーにとっては新たな販路ができたわけだが、メーカーから青年団への直売となり、卸問屋やラジオ商を飛ばしてしまうので販売店側から猛烈な反対運動が展開された。業界に波紋をもたらしたことで納入メーカの協議会は1937(昭和12)年11月、1938(昭和13)年3月末までとなっていた青年団との納入契約を早期に打ち切ることを決め、翌1938(昭和13)年、販売店との関係を重視した松下などの大手メーカが青年団との納入契約を打ち切ることで解決を見た。結局、青年団向け受信機はごく短期間で消えることになった。

 このような「販売店飛ばし」的な動きに対してはこの後も放送局型受信機(標準受信機)などに対して反対運動が巻き起こるが、戦局の悪化に伴う統制の強化で販売店も配給組織に組み入れられていく。青年団ラジオ反対運動の成功は、自由経済下の販売店の最後の成果と言えるかもしれない。この問題の教訓から、内務省警保局、逓信省から放送協会に申し入れがあった「官庁ラジオ」については、ラジオ業界として引き受けないことになったという。(6)

 青年団向けには放送協会からさまざまな援助が与えられたが、聴取料の免除は与えられなかった。しかし、さまざまな理由をつけて聴取料を支払わないものが続出した。また、青年団名義で聴取許可を受けて個人に名義変更したり、青年団受信機を安価に入手しながら学校や役場に取り付けたり個人で使用する事例が続出し、放送協会から大日本青年団に申し入れが出されることもあった。(5)

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太平洋戦争下の青年団団体聴取

 1941(昭和16)年、国策に沿う形で大日本連合青年団は他の組織と合同して大日本青少年団となった。同年7月より毎月22日の青年記念日を期して毎月1回22日に青年団常会向け放送を開始した。当初「ラジオ青年常会」という番組名だったが、12月8日の太平洋戦争開戦以降、「戦時青年常会」と改められた。青年学校向け放送は電波管制のため、太平洋戦争開戦後は中止された。

  当館が所蔵している1942(昭和17)年の「ラジオ団体聴取簿」を以下に示す。

  

 粗末なA5版の紙に印刷された20ページの冊子で、放送内容をメモする右写真のページが1年分(12ページ)あり、その他は青年団綱領、聴取心得、白紙のメモ欄などで構成されている。発行は日本放送協会となっている。表紙の写真は不鮮明だが、日本間の一隅にナナオラ75型と思われるラジオが置かれ、ラジオの近くに指導者らしい中年男性が座り、取り囲んで座っている青年たちが熱心にメモを取っている常会の様子である。

 青年団は1945(昭和20)年5月、学徒隊に編入されて解散し、その学徒隊も終戦とともに消滅した。戦後は民主的な組織としての青年団が設立され、現在に至る。青年団向け放送は、現在の成人向け放送講座や農漁村向け放送の原点といえるかもしれない。

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参考文献

1) 青年カード 第4次第13号 1937年 大日本連合青年団発行
2) ラジオ年鑑 昭和10年、12年、13年、18年 日本放送協会
3) ラジオの昭和史 曽崎重之
4) 日本無線史 第八巻 1951年 電波監理委員会
5) 日本放送協会報 1938-39年 日本放送協会
6) CKラジオ商組合内報 第118号 1938年1月10日

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