松下製小型ラジオの戦後史
The History of Small Radio manufactured by Matsushita after WWII
1948-60

はじめに Introduction

 アメリカでは早い時期からラジオは複数台所有となり、プラスチックや金属キャビネットの小型のものが普及したが、日本でラジオの複数台所有が当たり前になるのはトランジスタラジオが一般的になった1960年代半ばからである。

 日本でも2台目市場を目指した小型受信機は戦前にも少数が作られていたが、日本はラジオを複数所有するほど豊かではなく、その後の戦争と敗戦の混乱により2台目どころか1台のラジオすら満足に買えない状況であった。
 しかし、2台目需要を目指した小型受信機開発の歩みは終戦直後から始まっている。
ここでは早くから小型受信機に取り組んだ松下電器の製品を取り上げることでその歴史を追ってみる事にする。
実際には同時期にmT管を使用したポータブル受信機の歴史も始まっている。
こちらのほうが部品の小型化などについて貢献の度合いは大きかったが、基本的に輸出用、もしくは贅沢品であって家庭用受信機とは意味合いが異なるので取り上げない。

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CONTENTS

1948-52 小型ラジオへの挑戦の時代
1953-55 小型ラジオへの模索の時代
1954-55 MT管トランスレス5球スーパーのはじまり
1956-60 MT管トランスレス5球スーパーの完成


1948-52 小型ラジオへの挑戦の時代

 戦後、進駐軍が持ち込んだ小型受信機は日本の技術者に大きなインパクトを与えた。
松下電器(当時は松下電器産業株式会社無線製造所)は1948年はじめに4D-112型を発売した(写真1,2)。
回路は国民型2号受信機に相当する6D6-6C6-6ZP1-12Fであるが、5インチのパーマネント・ダイナミックスピーカを採用し、ループアンテナとハイ・インピーダンス型コイルを使用して、幅20cm高さ15cmのキャビネットに収めている(バリコンはトラッキングレスではない)。
デザインは1940年代のアメリカによく見られた形だが、アメリカ製がプラスチックまたは金属製だったのに対してこちらは天然木に塗装している。
ST管を使っているためシャーシを落とし込んでやっと真空管を収めている。
ループアンテナが搭載されているハードボード製の裏蓋を外せないため真空管の交換にはシャーシを引き出す必要がある。
 無理に小型化しているため整備性や信頼性に問題はあるが、日本製には珍しくスピーカがシャーシに固定されている点や配線の仕方などにアメリカ製のセットから学んでいることが伺える。
国民型受信機が普通だった時代にここまで小型化したものはほかに例を見ない。
広告では「アンテナ、アースなしで聴ける」ことが強調され、すでに「パーソナル・ラジオ」と呼ばれている。

   

   (写真1,2) 4D-112型の外観とシャーシ(ツマミはオリジナルではないと思われる) (所蔵No.11219)

 経済が疲弊し、混乱した状況の中で将来の2台目需要を予測し、技術的に困難なアメリカ製と同サイズの受信機を製品化した先見性は賞賛されるべきものである。
 もちろん、アメリカ製の受信機に倣った小型受信機を発売したのは松下ばかりではない。
多くの新興メーカーが木や放出軍需物資のアルミ、ジュラルミンなどでプラスチック風のケースを作り、小型受信機を発売した。
しかし、松下がこれら他のメーカーと違うのは、1948年という戦後の早い段階で小型受信機からスーパー、オールウェーブ、高級電蓄までの幅広い商品構成を実現していたという点である。
このあらゆる顧客にこたえる商品構成は復興を果たした1950年代になって他のメーカと差をつける原動力となったと考えられる。

 同じ年には初めての小型スーパーである5S-14が発売された(写真3,4)。
アメリカのプラスチックラジオを思わせるデザインだが実は天然木を複雑に組み合わせて実現している。
ループアンテナが採用されていて電源がセミトランスレスになっている他は普通のST管式5球スーパーである。
内部はぎゅうぎゅうに部品が詰め込まれているため放熱が悪く、写真のセットも大半のコンデンサが劣化していた。
入れ物を無理して小型化したものの部品の小型化や熱設計が追いつかなかったようである。

   

   (写真3,4) 5S-14型の外観(クリーム色)とシャーシ

 1951年始めにPS-51型が発売された。PSはPersonal Superの略と思われる。本格的なプラスチックキャビネットを採用し、メーカ製のテーブル型受信機としてはじめてmT管を採用している。価格は同社のオールウェーブ受信機より高価な\14,500であった。

 
PS-51型 1951年  (\14,500) mT管(6.3V)使用

画期的なセットではあったが、プラスチックキャビネットには問題があったらしく、翌1952年のPS-52型(下写真)では木製キャビネットに戻ってしまっている。
まだこの時点ではmT管やプラスチックのコストが高かったためか価格が高く、商品としての魅力は低いと言わざるを得ない。
1952年の松下電器では、この時すでに「ラジオは・・・一家に2台時代!」というコピーを掲げ、幅広い製品をラインナップしている。

 
PS-52型 1952年 (\13,900) mT管(6.3V)使用、木製キャビネットに後退した

 この年松下電器はオランダ、ロイヤル・フィリップス社と技術提携した。この後、松下電器の小型受信機(だけではないが)にはフィリップスの技術が取り入れられていく。

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1953-55 小型ラジオへの模索の時代

 翌1953年、松下はフィリップスの技術を生かした4機種の小型受信機(ポータブルのPS-61を含む)をカタログに加えた。
この当時、松下は\9,850の普及型5球スーパーから\45,000のオールウェーブまで厚みのある商品構成を実現していた。
その中でベークライトキャビネット、自社製トランスレス用GT管を使ったPS-53型は価格が\9,950と安く、従来割高だった小型受信機の低価格化に成功していた。ほぼ同じ内容でデザインが異なるPS-54型(写真5,6)は\11,950である。
このPS-54型が、松下が戦後初めて輸出したラジオであるという。
 真空管はトランスレス用だが単巻きのトランスを持っている。これらのプラスチックラジオはいずれもアメリカ風のデザインであるが、アメリカで一般的だったループアンテナではなく、ヨーロッパに多かったバーアンテナが使われている。
このあたりはフィリップスからの技術が生かされていると言える。
当時の家庭用ラジオではバーアンテナやループアンテナは一般的ではなかったが、この手の小型受信機は「アース/アンテナ不要」が売り物だったのでアンテナを自蔵していることが多い。

  

    (写真5,6) PS-54型 (バーアンテナが破損している) (12SA7-12SK7-12SQ7-35L6-35Z5)  (所蔵No.11260)

 さて、残るPS-71型(写真7,8)はきわめて特異なセットである。
このセットにはフィリップスから輸入されたリムロック管が使われている(球の表示もフィリップスのままである)。
GT管のセットと同じようにトランスレス用真空管を使い、単巻きトランスを持つ。
同時代の同じ真空管を使ったフィリップスBX-235U型を(写真9,10)に示す。
ここで注目したいのは真空管以外の部分をコピーしていないという点である。
GT管のセットにベークライトを使いながら、これにはあえて木製キャビネットを採用しているほか、シャーシの構造やIFTなどの部品もフィリップスのセットとは大きく異なる。
ライセンスの問題があったのかもしれないが、オリジナルの技術開発を目指したものと思われる。
結局、リムロック管が国内で生産されることはなく、トランスレス用のmT管が普及するまでの実験的なセットになった。
後に同社がPhilips/Mullardのトランジスタを採用したことから考えると本気で国産化するつもりだったのかもしれない。
しかし、本家フィリップスでもリムロック管はmT管に置き換わってしまったのである。
このセットの維持には苦労したようで、mT管に改造されているものも多い。

   

    (写真7,8) PS-71型 (球配列はUCH-42 - UF-41 - UBC-41 - UL-41 - UY-41) (所蔵No.11040)

  
 
    (写真9,10) Philips BX-235U型 (球配列はUCH-41 - UF-41 - UBC-41 - UL-41 - UY-41) (所蔵No.11100)

  この年の大型セットはまだST管を使用している。また、ポータブルは当然mT管を使用しており、あらゆる種類の真空管を使用していることがわかる。この年は小型受信機の技術の方向性をまさに模索していた段階であった。

 この一連のユニークな小型受信機は、その後の歴史を見れば過渡的なものであり、輸入品のリムロック管を使ったセットなど、「顧客をモルモットにしている」という批判を受けても仕方がない部分もあるが、技術の方向性も市場もよく見えない段階で積極的に製品を投入した姿勢は評価すべきものと思う。

 1953年6月のカタログに、DX-330型が追加された(写真11)。これも単巻きトランスを持ち、トランスレス用GT管を使用している。
プラスチックとは言うもののまだ軟質プラスチックではない。電源事情が悪いためか完全なトランスレスに踏み切れないでいる。
トランスを持つため重く、硬質プラスチックの性質上割れやすいという欠点を持つ。
工業デザイン賞に入選した機種だが、デザインのモチーフが英国QUAD社のチューナであることは明らかである。
ただし、この横に長く、背の低いデザインはその後のデザインの主流となる。
これらのGT管を使用した受信機はmT管の量産化に伴って作られなくなり、短命に終わった。
 なお、この頃から型番のつけ方がフィリップスと同じやり方になっている。

   

  (写真11) DX-330型 (1953) (12SA7-12SK7-12SQ7-35L6-35Z5) \13,500 (所蔵No.11227)

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1954-55 mT管トランスレス5球スーパーのはじまり

 1953年にDX-350型が第2回新日本工業デザイン賞(毎日新聞主催)特選を受賞し、翌1954年に発売される。
この頃から良くも悪くも欧米製品の模倣でない、日本的なデザインのセットが見られるようになる。

 

   DX-350型(1954) デザイン:真野善一、\12,500
日本の建具のデザインをラジオに生かしたという。トランス式でベークライトキャビである。(所蔵No.11676)

 また、この年に三洋電機から発売されたSS-56型(写真12)は\6,300という物品税の免税点を切る驚異的な低価格で市場を驚かせた。
mT管トランスレス、量産性に優れるプラスチックキャビネットの可能性を示したといえる。

    

   (写真12) 三洋 SS-56型 "コニー・スーパー"(1954)        (写真13) DX-370型 (1955) (\8,500)

  SS-56:12BE6 - 12BD6 - 12AV6 - 35C5 - 35W4   DX-370:6BE6 - 6BD6 - 6AT6 - 6AR5 - 6X4
   (所蔵No.11159)                          (所蔵No.11129)

 1955年になると小型のセットの数が増えてくる。
トランス式でmT管を使用し、ベークライトキャビネットのDX-370型のサイズはその後の小型受信機の標準となった。
前面すべてをネットで覆ったデザインに特徴があった(写真13)が、翌年のモデルチェンジで平凡なデザインに変更された(5X-427型)。

DL-305(写真14,15)、DL-325(ともに\8,500)はアメリカ式のトランスレス用MT管を使いながら、キャビネットとシャーシの構造はフィリップス製に倣っているセットである。参考に先に掲げたBX-235U型の背面を(写真16)に示す。
これらDL―という型番のセットにはフィリップスのマークの中にナショナルのマークが入ったバッジがつけられている。
後の時代につながるトランスレスのセットが登場したが、この後にセミトランスレスのセットも発売されている。
まだこの時点では電源事情の点でトランスレス1本に絞れなかったのだろう。

   

       (写真14,15) DL-305型  (1955年) (所蔵No.11039)             (写真16) Philips BX-235U型背面
                 (左のツマミはオリジナルでない)

 この年に新発売されたDL-340型(写真17,18)は\7,900と非常に安価である。また、はじめてイヤホン端子が付けられたセットでもある。

  

    (写真17,18) DL-340型 (1955) (所蔵No.11435)  12BE6 - 12BA6 - 12AT6 - 35C5 - 35W4

 この時代にはリムロックはもちろん、トランスレス用GT管も過去のものになり、mT管が主流となった。
この頃になると大型のセットにもmT管を採用したものが増え始める。

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1956-60 mT管トランスレス5球スーパーの完成

 1956年になるとST管時代と変わらないサイズの木製キャビネットのセット(mT管式)も残っているが、小型の安価な受信機とハイファイを強調した大型のセットに分かれてくる。
また、この頃になるとイヤホンジャックを備えた機種も増えてくる。聴取形態の変化をうかがわせる機能である。

   

       (写真19,20) "パーソナル・スーパー" CX-435型 (1956-57) (\6,500) (12BE6 - 12BA6 - 12AV6/AT6 - 35C5 - 35W4)

    \6,500と低価格で軟質プラスチックキャビネットのMT管トランスレススーパー。
    カタログには「2、3台目に最適」とある。中波のみでピックアップ端子、音質調整などのアクセサリはまったくないが、
    パーソナルを強調するだけにイヤホンジャックは付いている。
    デザイン、回路ともにこの後のトランスレススーパーのスタンダードといえる機種。
         (所蔵No.11384)

 1955年に5球以下のオールウェーブについて物品税率が引き下げられ、安価なオールウェーブスーパーの製造が可能になった。
これにより1958年頃から短波付きの機種がスタンダードになっていく。
1960年以降、ステレオブームに乗った2スピーカ型(写真21)の流行などはあるがプラスチック5球スーパーの回路はみなほとんど同じになる。

 真空管ラジオの最後の時代である1960年代前半の商品構成を見ると、トランジスタラジオの種類が増え、真空管ラジオはオーディオ機器的な要素を持つ大型のハイファイ型とプラスチック製の小型セットの2種類が用意されていることがわかる。

 小型セットの回路構成は短波付きmT管トランスレス5球スーパーで、真空管は12BE6-12BA6-12AV6-30A5-35W4である。
旧式の12BD6, 12AT6, 35C5は使われなくなっている。
マジックアイを備えるものは整流管に19A3を使用するが、小型のプラスチックラジオには少ない。
回路構成はどのメーカーのものでもほとんど同じでキャビネットのデザイン以外特に個性はない。
トランジスタラジオの技術を応用してバーアンテナやプリント基板を使用したものもある。

  

         (写真21) DX-485型 (1960年) (\7,000) (12BE6 - 12BA6 -12AV6 - 30A5 - 35W4)
   
         ステレオを意識した2スピーカー型、構造を簡単にするためにシャーシが垂直になった。
                                                  (所蔵No.11251)

 また、この頃になると日本製のラジオが海外に輸出されるようになってきた。
トランジスタが中心だが、安価な真空管ラジオも大量に輸出された。
次の機種は同じデザインで国内用とアメリカ向けが揃っているので比べてみる。

   

  ナショナルDX-480 (1960) (\5,950) (国内向け)      PANASONIC MODEL 748 (U.S.A.向け)

  (12BE6 - 12BA6 -12AV6 - 30A5 - 35W4)           (17EW8 - 12BE6 - 12BA6 - 12AL5 - 12AV6 - 50C5)

 キャビネットはまったく同じだが、国内用はAMと短波の2バンド、アメリカ向けはAM-FM(88-108Mc)である。
"National"はアメリカで使えないため"PANASONIC"と三角の松下マークが使われている。
アメリカ向けは裏蓋を外すと電源コードが抜けるUL規格準拠の安全構造となっているなど、仕向け地に合わせた変更が行われている。
デザインもすでに海外製品の模倣は見られなくなっている。この頃から1980年代まで、日本製のテレビ、ラジオが世界中に輸出されるようになる。

1959年にはトランジスターラジオの生産が真空管ラジオを上回り、小型化の追求はトランジスターラジオで取り組まれることになった。真空管式5球スーパーは”枯れた”技術の製品となり、FM付の製品が追加された程度で、小型化や高機能化などの技術革新はなく、1960年代後半に入った時点で生産が中止された。

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(初出 AWC会報)

























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